中尾書店で<ワンス アポン ア タイム イン 大阪>
むかしむかし、大阪に…
中尾書店の前を通ると、店頭に設えられる<大阪特集>が「むかしむかし、大阪に…」と話しかけてきて、立ち止まって中を覗き、寄り道をしたくなること、しばしば。たいてい、そういうときは次のアポが入った多忙時で、「もう30分、いや、10分でも早く出ていれば」と後悔することしきり。もし、タイムリープで時が戻せるなら、「早く準備して余裕持って出ろよー」と自分に言ってあげたいくらい。そう、時が戻せたらですよ。時が戻せれば、時が戻せれば、時が戻せれば・・・→時って戻るんです!
「むかしむかし、大阪に…」と話しかけてくるのは、この<大阪特集>。このPOPに注目した方、既に中尾書店世界に片足突っ込んでいます!実はこのPOPは同店スタッフさんの手づくり。段ボールなどの端材を使って綿密にもユニークにも造り込まれる通天閣。
こちらのPOPに描かれるのは、今も心斎橋に現存するガス灯です。
さかのぼること1967年(昭和42年)、創業者・中尾良男氏が開業した「中尾書店」。江戸時代の和本を取り扱う古典籍売買を主に「先人が残されました良書を後世に伝えて行くことが、私共の仕事です。」と話す、ご店主。
あらためて書きますと、中尾書店さんは買い取って販売する…古書店。この古書の巡りは年々衰微の一途。世に廻る古書は確実に減ってきていると実感するスタッフの田村さん。だからゆえに、過日の記録をこの先に「伝えよう、伝えよう」と静かな高揚感が店内に溢れています。 <大阪特集>はそんな志のテロワール。多くの方が吸い寄せられるのも必然なのかもしれませんね。
例えば、店頭に掲げられる「赤松 麟作」。大阪の生んだ近代洋画界の代表格であり、大阪市心斎橋に赤松洋画研究所を開いた(1926年)人物。この<大阪三十六景>は昭和始めの浪花を三十六景色に、詩情や余韻も含めて表現。
全三集内の、第二集の「22番目」に、「四ツ橋」と「高津神社」に挟まれて配されるのが「心斎橋」。橋の上には紳士淑女に家族連れが描かれ、人々の行き交いと賑わいがうかがわれます。
もうひとつ、ご注目いただきたいのが「郷土研究 上方」。昭和の初期から第二次大戦前夜まで、計151号が刊行されたと言われ、上方の風俗・習慣・文芸・芸能などさまざまなジャンルの論考が掲載されています。
大阪の祭礼や神社仏閣の風物詩などが描かれる表紙は、編集者の南木芳太郎の熱量そのもの。なんと、印刷ではなく木版画なのです。先の画像では、落語でも有名な「野崎参り」の喧騒が活き活きと描かれる表紙。こちらは、おびただしい蓮が細やかになおかつ躍動感をもって描かれています。「郷土研究 上方」の実物を肉眼で眺めるからこそ感じられる木版画ならではの風合い。
「モダン心斎橋コレクション―メトロポリスの時代と記憶― 」も見逃せない書籍。明治・大正・昭和初期の浪漫を建築や絵画、デザインや生活様式の記録からひも解くコレクション。当時の歴史や文化を知りたい方、または、酔いしれたい方にとっても魅力的にまとめられた本書は、やはり当時この街に育った橋爪節也先生(美術史家)のお仕事。一方あちらは…
「心斎橋筋の文化史」を取りまとめたのは、橋爪節也先生のご兄弟であられる橋本紳也先生(建築史家)。江戸から昭和初期までの心斎橋筋を図版と論文で遺す一冊は、心斎橋の歴史を語るうえでバイブルとなりうる貴重な資料であふれています。
心斎橋周辺に限らず、大阪や関西の歴史(生活様式・文化・風俗・建築・芸能…etc)を調べるため、ここ中尾書店に立ち寄られるお客様も多々。<この本の、このページに載ってますよ>と、詳細にご助力くださる田村さんたちスタッフさんも知の巨人!
例えば私がこの街の史跡を調べようとしたら、スマホを取り出し検索ツールに打ち込めば、何かしらの情報を得ることはできる。でも、田村さんは「史跡・歴史って、そのものだけじゃないんです。その前後左右に何が<在った>のか?ものごとって関連性をもちながらそこに<在る>ものですから」と話します。それを体系的に配したものの入れ物BOXがあるとしたら、それが「中尾書店」さんなのかもしれません。その箱の大きさと深さが、何で満たされているかを知ることは、<ワクワクとする>ことそのものなのです。
ここに遺される1冊1冊は、つながり合って、ひっぱり合って、向い合って、「むかしむかし、大阪に…」を語り出すそんなワンコーナー。まるで時が巻き戻ったかのような、不思議な体験です。最後に田村さんの言葉で締めましょう。「本は、めくらないと分からない。自分の指でめくるから、その隣の本にも触れたくなる」
※価格は店頭にてご確認ください。