頼りがいのある彼氏より、上質な浴衣の方がうらやましかった件

花火大会の後の電車…知ってます？慣れない浴衣を着た人たちがギューギューに押し込められて、乗車率は120％。パンパンに詰まった車両で、ワタクシ見てしまったんです。浴衣姿の彼女を壁に避難させ、自分がしっかり盾になっている浴衣男子。「ダイジョウブ？」「ウン」そんな会話までしてるんです。「あ？ワタクシの彼氏は？」と見渡したら…車両のド真ん中で宙に浮いていました。パンクのライヴ会場で起きるモッシュってやつですか？ダイヴってやつですか？あんな感じで。「助けてー」と訴える目が合い、急いで救助して壁側に立たせ、ワタクシが盾になりました。先ほどの彼女をチラ見すると、すごく上質な浴衣をきちんと着こなしています。「その浴衣うらやましい！」と思った瞬間に…ワタクシ一生独身かも…と予感したのです。5年前のことです。

一着は持っておきたい「きちんと浴衣」

いつかは一生ものの浴衣を購入してみたい。毎年毎年そう思いながら、そもそも和装の知識もないので何を選んだらよいのかも分かりません。呉服屋さんの前を通っても、なんだか敷居が高そうで、ワタクシなんかが足を踏み入れたら追い返されそうで。事前に雑誌やWEBをしっかりチェックして、欲しい浴衣イメージを固め、勇気をふりしぼり心斎橋の「中村屋」さんへ向かったのです。

店頭や店奥に並ぶ“仕立て“を眺めていたら「どんなのお探しですか？」と声をかけていただきました。
ものすごく緊張しましたが、重ね衿のついた仕立ての一枚と帯と帯留めが欲しい、一生ものにしたいと伝えたました。ウンウンと最後まで聞いてくれ、そもそも…と話が始まります。
ここはしっかり聞いておきたいところ。集中です。

そもそも、本来の浴衣には重ね襟も帯留めもつけない…との事。これには驚愕！重ね襟や帯留めって、正統なイメージがあったのに、違うんだ～。「浴衣の帯は“半幅”、半幅の帯には帯留めは必要ないんです」そして、重ね襟は着物の半襟（はんえり）をアレンジした昨今の流行。つまり、本来は無いものだったんですね。ここに来なければ知ることもなかったかもしれない。一生ものの浴衣を買いに来て、一生ものの知識を得る。これが老舗店の醍醐味なのかも。

そもそも「中村屋」さんとは、明治27年創業の呉服屋さん。ご対応いただいた谷さんもとっても親切な方で、無知なワタクシにもゆっくりと説明してくれます。かつては船場や心斎橋のいとさん（良家の長女のこと）こいさん（同じく次女のこと）ごりょんさん（同じくお母様のこと）が反物を広げて選り抜いた一軒。今でもさるご婦人たちが通う老舗名店なのです。あ、キレイ！と感じて、とある帯を見たら…目の飛び出るようなお値段。固まったワタクシに谷さんが教えてくれました。「時代に応じた流行やアレンジもあります。けれど、本来の約束ごとを知った方が流行やアレンジがもっと楽しめるでしょう？」ふかーく納得です。

貪欲なワタクシはさらに“本物”が知りたい！と…こともあろうか谷さんに「いちばん上質な浴衣反物を見せてください」とお願いしました（貧乏根性です）。そこで出していただいたのが絞り染めの反物。「絞り染めは室町・桃山時代に遡る日本の伝統的な染め方。一点一点糸でしばり、無数の手がかけられているんです。これに手を通す事は、その匠技を身につけるということ。どう？キレイでしょ？」柄がどうとか、色がどうとか、もーそんな次元じゃない。目の前に置かれた存在自体が神々しすぎる。価格の問題ではなく、この浅ましいワタクシにはマダキレマセン！完全に負けです。

「いやいや、そんなに構えないで。うちは老舗ですが、老舗だからこその遊びもあるんです」そう話す谷さんは、仕立ての浴衣の中からモダンな柄も見せてくれました。そんな粋な遊びはしっかりと着てこそ活きると話す谷さん。襟元の開き具合や帯の位置、おはしょりの整い…そおいった基本を押さえて、浴衣の美しさは真価を発揮するとのこと。だから「中村屋」では、当店で購入した浴衣は無料で着付けもしているとのこと（要予約）。嬉しいですね！

やすやすと選べず、この日は購入を断念したワタクシ。お金があれば何でも購入できるわけではないと思い知れたことが、最大のお買い物でもありました。「価格の低い一着でも高い一着でも、お客様に
とって価値あるご利用をしていただきたいんです。そのためには、何でもご相談ください。分からない事は何でも聞いてください。私ども専門家を、どんどん利用してください」と話す谷さん。そのお心遣い、しっかり受け止めました。ほんまもんの“ごりょんさん”に近づけるまで、何度か通わせていただきます。ありがとうございました！