古書から待ちわびる「春」
描かれる桜に大阪の街。
上方絵と江戸絵の違いにも注目!
中尾書店
春は待ちわびている間がいちばん愉しい。新生活の準備をしたり、お花見の予定を立てたり、まださむいなーとぼやきながら温かいお茶を飲んだり。想像して待ちわびる春は実際の春よりも格別に愉しい。最近とくに「趣き」方向に舵を切っているワタクシです。そんな気分をさらに高めんとばかりに伺ったのが中尾書店さん。
さかのぼること1967年(昭和42年)、創業者・中尾良男氏が開業した「中尾書店」。江戸時代の和本を取り扱う古典籍売買を主に「先人が残されました良書を後世に伝えて行くことが、私共の仕事です。」と話す、ご店主。あらためて書きますと、中尾書店さんは買い取って販売する…古書店。この古書の巡りは年々衰微の一途。世に廻る古書は確実に減ってきていると実感するスタッフの田村さん。だからゆえに、過日の記録をこの先に「伝えよう、伝えよう」と静かな高揚感が店内に溢れています。
今回は特に…こちら田村さんにご無理をお願いしました。。中尾書店さんに秘められた「大阪の春」を見せて欲しいです、とお願いしたのです。それも取材の1週間前というタイトスケジュール!!!こちらにお越しになった方ならば分かるはず…。店内はすっごーーーーーーーーい蔵書なんです!その中から、短い期間で「春」を探してくださった田村さん、ワタクシ頭が上がりません!
まず、ご案内いただいたのが、浮世絵師・長谷川貞信が描いた『浪花百景』から「鶴満寺」。しだれ桜の名所として当時から花見賑やかな名所。ご覧の通り、青々と寺門を讃える松と淡い桜のコントラストは実に風流。で、ありながら…「花見の酔客を題材とした落語も有名ですね」と田村さんは教えてくれます。さらには・・・
実は・・・この鶴満寺の桜は明治18年の淀川の洪水で流れてしまったのだと。私たちが知る現在の鶴満寺の桜はその後に植えられたもの。つまり、ここに描かれる桜は、もう、実在はしない。この浮世絵の中でその姿を残しているのです。
つぎにご紹介いただいたのが「郷土研究 上方」。昭和の初期から第二次大戦前夜まで、計151号が刊行されたと言われ、上方の風俗・習慣・文芸・芸能などさまざまなジャンルの論考が掲載されています。大阪の祭礼や神社仏閣の風物詩などが描かれる表紙は、編集者の南木芳太郎の熱量そのもの。なんと、印刷ではなく木版画なのです。
その中でも、こちらは造幣局を背景に、外輪船がゆく春の景色。当時の交通機関であった外輪船。窓からのぞく人々の顔は手前に描かれる、たわわな桜を愛でているかのよう。造幣局の煙突から昇る煙。グラデーションの空、手前に大胆に配される桜と、奥行きと広がりを味わう1枚。
一方、こちらは桜の宮。島田髪の女性が対岸の桜を望む一枚。紅白に装飾される対岸を眺め、彼女はこれから遊びに行くのか?それとも帰路を名残り惜しく見つめるか。想像を掻き立てられるワンシーンですね。当時の花見/舟遊びって、相当に優雅なものだったんだろうなと・・・。
「鶴満寺」「造幣局」「桜の宮」と見てきましたが、どの桜も<淡い>印象です。色も線も、はかなくて、ふわりと、「あーーーーーー、今年も<期間限定!>感」たっぷり。そのように聞いていただいたところ、田村さんは「そうですか、そうですか」とニッコリ。ここまでご紹介いただいたのは、いわゆる上方絵。そして、次に紹介するのが・・・・
二代目 歌川国貞の「近江八景/粟津の晴嵐」。晴嵐の語源ともなった松並木を背景に、遥かにまで広がる琵琶湖。衣装も御髪も細部にまで艶やかなインパクトを打ち出す人物の背景には・・・これも力強さを湛える桜。こんな桜の描き方、なんだか贅を尽くしてる!
さきほどまでの上方絵で描かれる「桜」と、この「桜」は・・・そもそも生き物として何だか違う!と言うワタクシに「ちょっと、表し方が異なりますね。これが江戸絵の特徴でもあるのでしょう」と教えてくださる田村さん。
どうですか、みなさん。上方絵と江戸絵の「桜」、どちらがお好みでしょうか。こんな風に古書や浮世絵から紐解く「春」に、ますます春が待ち遠しくなる心斎橋。まだまだかじかむ指先で、是非とも過日の春を探しに来てみてください。
※価格は店頭でご確認ください。